Luca Scandinavia | 北欧ヴィンテージ・工芸・アート

Constantin Hansen
“Heimdall"

18世紀初頭の敗戦と更なる国家破綻から、思想家のヘンリック・ステフェンスらによって見事な再生を遂げた18世紀前半の「デンマーク黄金時代」に活躍した芸術家のひとり、Constantin Hansen/コンスタンティン・ハンセンによるドローイングスケッチです。鉛筆の下書きの上からペンで Heimdall/ハイムダルが描かれており、氏によるものとして求めておりますがサインはありません。オーク材で新たにフレーミングされており、掌に乗る程度の小作品です。北欧の神話では、「ハイムダルは、比類なき視力と聴覚を持っていたため、人間の住むミズガルズと、神の住むアースガルズをつなぐ虹の橋ビフレストで神々を守っていた」とされています。

Drawing on paper with Oak frame
frame size: w-17, h-17cm
price: ¥50,000- 税込

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Carl Christian Constantin Hansen/コンスタンティン・ハンセン 1804-1880
イタリア・ローマに生まれる。父親は、当時イタリアで人気のあったデンマーク人肖像画家のハンス・ハンセン。ハンセン家は産まれたばかりの男の子を連れオーストリアのウィーンへ移住。作曲家モーツァルトの未亡人、Constanze Mozart/コンスタンツェ・モーツァルトによって男の子は ”コンスタンティン” と名付けられる。家族はその1年後にコペンハーゲンへ移住。コンスタンティンが12歳のときに王立美術アカデミーの建築学校に入学し、21歳になり絵画を学び始める。1828年、Christoffer Wilhelm Eckersberg/クリストファー・エッカーズベルグに師事する。この頃、発疹チフスによって両親を失い、ひとり幼い妹を養う。亡き父の仕事を引き継ぎ、クリスチャンスボー宮殿の装飾画を手がける。1835年、海外留学のための奨学金を得て、ベルリン、ドレスデン、プラハ、ニュルンベルク、そしてミュンヘンを経てイタリアへ赴き、ローマ、ナポリ、ポンペイに長期間滞在。氏はイタリアの民俗を描き、古代ローマ建築の研究を行う。イタリアで8年間過ごしたのち、ミュンヘンでフレスコ画の技法を学び、デンマークへ帰国。コペンハーゲン大学の前庭を飾るため、ゲオルク・ヒルカーとともにフレスコ画の技法を研究する。コンスタンティンは神話の人物を、ヒルカーは装飾とフレーミングを担当する。1854年、王立美術アカデミーの教授に任命され、その10年後に同アカデミーのメンバーとなる。